たまに耳にする「文化盗用」批判というニュース、馬鹿なことを言っているなと笑って流してはいけない問題だと思います。
今回はこの問題について考えるためのメモです。
[日本人が文章になっていない英語の羅列をプリントして着てるのと、文章になっていない日本語の羅列を白人が着るのとはまったく別問題だから]
何が違うの?
This is not Japanというブログの運営者は日本人だと名乗っていますが、その発言からはとてもそうとは思えません。
日本を貶めたい意思を感じます。
ボストン美術館の和服企画が中止になった話は、朝鮮系アメリカ人による妨害工作だという説もあります。
実際はどうなのでしょうか?
日本趣味の絵を再現した展示企画の何が問題なのか?
外国人が和服を着ることを嫌がる日本人はほとんどいないのではと思います。
セレーナ・ゴメスさんの件は宗教の象徴を乱用したことが問題なのであって、他の例とは性質が違うのでは?
[強者(この場合、西洋文化)が他の文化(支配される側)を理解せず(もしくは理解しようともせず)、自分にとって都合のいい部分(ビジュアル)、ステレオタイプだけを切り取り、自らの文化・ポイントを推進するために利用していく。]
「白人」が他の文化より優れているという偏見の上で、「白人」が他の文化を利用するのは差別だと考えているのでしょうか?
ヨーロッパ系人種がアジアやアフリカなど世界中を侵略植民地化した歴史を反省して欲しいと思います。
でもその反省の形が「文化盗用批判」なのだとしたら、的外れにも程があるでしょう。
[Kotikot Kawrasawa
文化の盗用ってのはかつてアメリカで白人が顔を黒く塗ったりインディアンの恰好をして彼らを嘲笑うショーをやっていたっていう背景があるからこそ
問題視されるわけだ。
それとは何の関係もない日本の着物や文化を使用したから文化の盗用であるって批判するのは
本来個別にその背景や文脈を考慮すべき事を全部「文化の盗用」に収斂してしまってると思う。]
問題視されるわけだ。
それとは何の関係もない日本の着物や文化を使用したから文化の盗用であるって批判するのは
本来個別にその背景や文脈を考慮すべき事を全部「文化の盗用」に収斂してしまってると思う。]
[白人は他の文化を一部利用するも、個人の裁量でそれを利用しないも選択の余地があるけど、マイノリティの人々はその文化を背負って未だ人種差別が残る社会で生きていくしか道がない、という不平等な文化搾取からもこの「盗用」という表現が為されている。]セレシー
この説明だと文化盗用という主張自体が差別に思えます。
[「VOGUE JAPAN」の表紙に載せられたミランダ・カー氏の芸者スタイルの写真が「日本文化の盗用」であると批判された事件があった。「VOGUE JAPAN」は日本向けの雑誌であり、また、カー氏はオーストラリア人である。アメリカは火をつけただけだ。到底「アメリカの国内問題」とは言えない。
では、なぜ日本の雑誌で白人が着物を着ることを「文化の盗用」と批判する人が出るのか? 十中八九、「白人はいつでもどこでもマジョリティーで、有色人種はいつでもどこでもマイノリティー」という勘違いの産物である。この世界には日本という国があり、そこでは白人こそがマイノリティーであることに気づいていないとしか考えられない。]
では、なぜ日本の雑誌で白人が着物を着ることを「文化の盗用」と批判する人が出るのか? 十中八九、「白人はいつでもどこでもマジョリティーで、有色人種はいつでもどこでもマイノリティー」という勘違いの産物である。この世界には日本という国があり、そこでは白人こそがマイノリティーであることに気づいていないとしか考えられない。]
一部のヨーロッパ系アメリカ人が何が差別なのかを勘違いして騒いでいる、ということでしょうか。
[文化の盗用神経症]
なるほど。
でも文化盗用批判をしているのはヨーロッパ系アメリカ人だけでもないようです。
日本風誕生日会が批判された話。
左前とか細かい事はいくつか間違っていますが、日本に興味を持ってくれてありがとうと微笑ましく思う話ですよね。
ノルウェーの大臣の話。
[服を着た人物が、マイノリティや移民・難民に厳しい右翼ポピュリスト政党である「進歩党」党首で、政府の財布の紐を握る財務大臣という権力ある立場だからこそ、批判を浴びた側面も否定できない。同党は、少数民族サーミ人への公的支援削減や、サーミ議会の廃止を支持する。 ]
別の批判と混ざってややこしい事になっているようです。
?が頭の中にいっぱい・・・
突っ込み所が多すぎます。
ボストン美術館の上の画像の方はこれを見て何と言うか、聞いてみたい・・・
切りがありませんので今回はここまで。
おまけ
アンサイクロペディアの冗談